これからの国家の在り方を考える:エストニア e-Residencyを取得して

コラム

e-Residencyを取得しました!

先日、筆者(栗本)は、エストニア共和国が発行する”e-Residency”を取得した。e-Residencyを邦訳すれば「電子市民権」とでもなるのだろうか。これを取得すると、エストニア政府が提供する様々な行政サービスの恩恵を受けることが出来る様になる。e-Residencyの取得することで「e-Residencyカード」が発行され、それを使用することによって、オンラインでの”電子署名”が可能となる。これによって例えば「オンラインでの法人登記」や「エストニア国内/EU市場内での口座の開設」が出来る様になるのである。

画像に含まれている可能性があるもの:2人、栗本 拓幸さんを含む、室内
中央の肖像は、ケルスティ・カリユライド(Kersti Kaljulaid)氏。現エストニア大統領。

一方、例えばe-Residencyカードを取得したからと言って、実際に何かエストニア現地でベネフィットを享受できる訳ではない。国境管理(入出国)に際して、優先レーンがある訳でもなく、公共交通機関等の利用料金が割引になる訳でもない。ビザなどとも無関係である。無論、「国民」や「市民」としての権利が付与される訳でもない。e-Residencyを取得することのメリットは、従来の各々の国籍を維持しながら、エストニア政府が提供するオンライン行政サービスを口座開設・法人登記などに際して利用出来る様になるという1点に尽きる

しかしながら、今このe-Residencyは日本をはじめとする、世界各国の人々が積極的にアプライを行い、発給を受けているのである。エストニアと言っても、決してGDPと言う観点からも経済規模が決して大きい国ではなく、人口規模と言う観点からも、(潜在的に)市場規模が大きいと言う訳でもない。一体その理由は何であろうか。

「エストニアファン」を獲得せよ

その理由は端的にエストニアの政治的背景にあると言って良いだろう。1991年8月にエストニアが再独立を果たして以降、エストニアはNATOをはじめ、EU(欧州連合)への加盟を進め、2011年には単一通貨ユーロを導入している。つまるところ、エストニアに法人登記をすることは、直接的にEU市場にアクセスが可能になると言う事と同義であり、銀行口座を開設するということは、ユーロ間取引の利便性が、ユーロ使用圏外から行う際と比較しても、格段に向上するということ他ならない。

こうした背景があるからこそ、エストニアのe-Residencyへの発給申請が世界中から行われているのである。こうしたインセンティブを基に、(エストニアから見た時の)外国の人々が「e-Resident(s)」になる事は、エストニアにとっても悪い話ではない。単純に考えれば、法人登記や口座開設という行政手続に係る費用は基より、彼ら・彼女らがエストニア法人を経営・事業展開を行えば、当然そこには法人税等々が発生する。つまり。人口が100万余人しかないエストニアにとって、国外からこうした資本投下を得ることが出来れば、財政収入の基盤にもなる一方で、リアルな世界のエストニアには直接的な影響がない(=何らかのリアルな措置を展開する必要性が低い)からこそ、実際の移民や労働者受入と比較してメリットは大きいものがあるだろう。

それだけではない。e-Residencyがより多くの人々に取得される事には、別な側面からもメリットがある。以前紹介した「エストニアの波乱万丈な歴史(この○○の片隅から)」でも紹介した様に、エストニアは歴史的に周辺の大国から翻弄され続けてきた。従って、今後も独立を維持するためには、エストニアのみならず、世界各国からの理解と支援を得る必要がある事は言うまでもない。

エストニアは伝統的な外交政策において、先程も触れた様にNATO・EUへの加盟をはじめとして、自由主義陣営との協調路線を堅持している。ただ、より多くの国から理解を得る必要がある事もまた真実である。そこで、「e-Residency」を様々な国の人々に対して発給する門戸を開く事で、いわば「エストニアのファン」を増やし、民間外交という側面からエストニアに対する理解を増進させようという目的も、e-Residencyという制度の目指すところの1つと言っても過言ではないだろう。

日本への示唆:これからの国家の在り方とは

日本への示唆は様々な観点から考えられる。無論、マイナンバー制度の利便性の向上や、行政手続きのオンライン化は、最早論を俟たない。ただ、それ以上にe-Residency制度というものは、近代以降の「国民国家」の在り方に明確に挑戦しているものであると考えている。

「特定技能を持った外国人」に係る在留資格改正が2019年4月から施行されているが、そうでなくとも、日本国内の外国人居住者の数は年々増大している。そうした枠組みの設計も、基本的には外国人-国民という線引きの中で、しかも「リアルな世界の中の線引き」として、機能してきたものである。他方、e-Residencyは最早リアルな世界の枠組みではない。

重ねてにはなるが、従来は自国民ー他国民という線引きしか存在し得なかったオンライン上で、エストニアのファンとしての「他国民」をe-Residencyという制度で顕在化させ、加えてそこから得られる経済的な利益を享受出来る制度設計になっている。

安全保障の分野では「シャープパワー」という用語で、『特定国に対して世論操作や工作活動などの強引な手段を用いて圧力をかけ、自国に有利な状態を作り出していく外交戦略』が表現されるが、エストニアのe-Residencyはポジティブな意味で、ある種の「逆シャープパワー戦略」として機能している。

日本に「e-Residency」の様な経済的利益も享受しつつ、「日本ファン」であることを表すことが出来る様な、何らかな制度を導入すれば良い、という話ではないものの、従来は『自国民-他国民』という線引きしかなかったこの世界に、その中間=オルタナティブな存在を作り出したエストニアの取り組みから、日本も学ぶ事は多いのではないだろうか。

エストニアの歴史と電子政府施策

これまで述べてきたe-Residencyを含めた「電子政府施策」は一朝一夕に完成したものではない。そして、そもそも実現した背景も、決して単調なものではない。詳細は以下の動画にまとめて流ので、是非ご覧頂きたい。

エストニアの波乱万丈な歴史

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エストニアがIT技術有名国になれたワケ

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