電子投票導入黎明期の変遷の整理:インターネット投票の実現に向けて

コラム

今日、インターネット投票の実現が様々なセクターから提唱されている。これは、以前扱ったインターネットを利活用した選挙活動や、かつて実施されていた「電子投票」は似て非なる性質を持つものである[1]。しかしながら、世代別投票率に大きな乖離が生起し「シルバーデモクラシー」という用語が普遍化した、あるいはライフスタイルの多様化が進む今日において、選挙における投票の在り方を現在の形のまま運用を続けることは限界に近いと言い切って良いだろう。換言すれば、投票の在り方を現在のものよりも多様なものへと変化させ、投票を行う困難さを逓減させる方策を講ずる必要性が生起している。それ故に、日本において今後、何らかの形の電子投票やインターネット投票が実現される可能性は大いにある[2]と考えられる。

本稿では、かつて日本国内で実施されていた「電子投票」に関して、その黎明期の動向に関して整理を行うものとする。

民間主導で進んだ電子投票の機運

日本における電子投票の導入に関する歴史を検討する際に、電子投票普及協業組合(EVS[3])の存在を過小評価する事は出来ない。電子投票普及協業組合の源流である電子投票研究会は1990年に宮川隆義[4]氏によって設立された。

検討された電子投票:「第1段階」の推進

そもそも、日本において電子投票が公式に検討され始めた時期は、1999年7月にまで遡ることができる。自治省(当時)は電子機器利用による選挙システム研究会を発足させ、『情報化、デジタル化の進展の中で、選挙システムの近代化 [電子機器利用による選挙システム研究会 2000]』の検討を進めた。2000年8月には中間報告書を発出し、電子機器を選挙システムに導入する場合を3段階に類型化して検討を進めたことを明らかにした[5]

(1)第1段階 選挙人が指定された投票所において電子投票機を用いて投票する段階

(2)第2段階 指定された投票所以外の投票所においても投票できる段階

(3)第3段階 投票所での投票を義務づけず、個人の所有するコンピュータ端末を用いて投票する段階

第1段階は、投票所・開票所において電子機器を導入する段階であり、選挙の基本原則の一つである“投票当日投票所投票主義”には反しないものの、“投票用紙公給主義”や“単記自書投票主義”との兼ね合いに関する指摘がなされた。第2段階においては、選挙人名簿情報・候補者情報が何らかの回線を用いてネットワーク化され、一定区域内の全ての投票所でそれらが共有される状態が実現されるのである。つまるところ、選挙人は一定区域内の投票所であれば、選挙人が属さない投票所においても投票することが可能になる段階である。故に、この段階の課題として、選挙に関する基本原則の“投票当日投票所投票主義”との関係性が提起された。そして第3段階では、個々人が所有する端末からオープンネットワークを介して投票を行うこととなる。これは、従来の投票の在り方から大きく変容を遂げる段階であり、本人確認やセキュリティといった技術的な問題を中心に、有権者の自由意志に基づいた投票の担保といった課題まで、広範にわたる懸念点が示された。その一方で、選挙システムへの電子機器導入は『選挙事務の効率化や選挙人の利便の向上を図るためには避けることができない流れ』とされ、国民の幅広いコンセンサスの形成や、各界各分野における幅広い議論の展開が期待されていた [電子機器利用による選挙システム研究会 2000]。

躓いた「第1段階」

2000年12月に、自治省が策定した「地域IT推進のための自治省アクション・プラン」の中で「電子機器利用による選挙システムの検討」が盛り込まれた [江原豊 2002]。また、当時政府のIT戦略であったe-Japan戦略、及びその実行を目的として2001年3月に策定された「e-Japan重点計画」で示された方針・方向性を2002年の各省方針に反映させることを目的とした年次プログラム「e-Japan2002プログラム」において、地方選挙における電子投票の試行実施[6]が示された。この事で、同年12月には「地方公共団体の議会の議員及び長の選挙に係る電磁的記録式投票機を用いて行う投票方法等の特例に関する法律(電磁記録投票法)」が公布、2002年2月に施行された。また、2002年2月には同研究会による報告書が発行され、その中で「現段階においては地方選挙で第1段階の採用を推進すべき」との見解が示されたこともあり、地方選挙において第1段階の電子投票が実施される様になった [湯淺墾道 2004]。

その後、2002年6月23日執行の岡山県新見市長・市議会議員選挙において、前述の第1段階に相当するタッチパネル式投票機[7]を用いた投票が執行された[8]。また、2003年12月1日以降は、電子投票の実施範囲が期日前投票まで拡大[9]され、電子投票は全国に一定程度波及した。そして結果的に2016年に至るまでに計25回の電子投票が実施[10]された。(図3を参照のこと)

図3:日本国内で実施された電子投票の自治体別実施回数等(総務省資料[11]を基に筆者作成:2019年1月)

自治体 回数 実施年(西暦) 人口[12] 条例注2
青森県 六戸町 6 2004, 2005, 2007, 2011, 2015, 2016 10,481
宮城県 白石市 4 2003, 2004, 2007, 2008 40,793 凍結中
岡山県 新見市注1 4 2002, 2004, 2009, 2013 38,492 凍結中
福島県 大玉村 2 2003, 2007 8,407 凍結中
三重県 四日市市 2 2004, 2008 302,102 凍結中
京都府 京都市(上京・東山区) 2 2008 129,000 廃止
福井県 鯖江市 1 2003 64,898 廃止
神奈川県 海老名市 1 2003 117,519 廃止
広島県 広島市(安芸区) 1 2003 75,435 廃止
京都府 京都市(東山区) 1 2004 44,813 廃止
岐阜県 可児市 1 2003 93,463 凍結中
(計) 25      

注1. 2005年3月の旧新見市及び大佐町・神郷町・哲多町・哲西町の合併前後双方の自治体を指す

注2. 電子投票の実施にあたっては、特例法に基づいた所謂「電子投票条例」を制定することが求められた

これらの自治体が電子投票を導入した結果の一つとして、開票時間が大幅に短縮されたことが挙げられる。例えば、2002年に執行された岡山県新見市(一般市)における市長・市議会議員選挙に関して、自書式投票の形式を採用した前回選挙の開票に要した時間が4時間25分であったのに対して、電子投票を採用した当該選挙においては、開票時間が2時間へと短縮された(55%短縮:分ベース)。また、宮城県白石市で2004年に執行された市長選挙に関しても、自書式投票を採用した前回選挙の開票時間が2時間28分であったのに対して、当該選挙では1時間10分で開票を完了させた(53%短縮:分ベース)。同様に、2004年に執行された三重県四日市市(施行時特例市)の市長・市議会議員選挙に関しては、前回選挙が市長選挙のみの執行であったにも関わらず、前回よりも20分短い1時間20分で全ての開票を終了した。

 こうした結果は、電子投票の導入に際して、電子機器利用による選挙システム研究会が設定した「選挙事務の効率化」という目標に十分に資するものであったと推察できる。

図4:国内で実施された第1段階の電子投票が導入された選挙種別[13](総務省資料[14]を基に筆者作成)

しかしながら、2004年に岐阜県可児市議会議員選[15]で発生した電子投票を巡るトラブルが生起したことを契機に、その拡大志向が躓くこととなった。転換点となった可児市における電子投票の実施に際しては、複数の投票機とサーバーを接続し、サーバーに情報を蓄積するクライアントサーバー式の電子投票システム[16]が導入されていた。トラブルは、2つに大別する事が可能である。投票開始後にサーバートラブルの影響によって全投票所で最大1時間程度投票ができない状況に陥ったという機械そのもののトラブル、そして投票機の反応が鈍くなった際の技術職員の操作ミスによる投票総数の増加という運用上のトラブルの2つである。

これらのトラブルを受けて、選挙人(可児市民)から市選管に対して、選挙無効を求める2件の異議申し出[17]がなされた。ただ、これらの異議申し出は市選管によって、問題点として提起された内容のいずれをも否定する形で棄却なされた。この判断に不服であった各異議の申立人によって、岐阜県選挙管理委員会に審査の申し立てが行われた。この審査においては、電子投票で用いられた投票機が、電子記録投票法で定められる所定の要件に違反する、違法な状態に一時的にあったことは認めたものの、それらの違法が選挙結果に影響を及ぼすものではないとの結論の下、棄却された[いずれも [柳瀬昇 2009]]。これらの裁決に不服であった選挙人は、名古屋高等裁判所に対して、同選挙の無効を求め、県選管を被告とする訴訟を提起した。この訴訟においては、『(1)同選挙で用いられた電子投票機は,電子記録投票法で定められる所定の要件に違反するので,同選挙は無効であること (2)同選挙は選挙の規定に違反した管理執行がなされていた為、選挙の結果に異動を及ぼすこと、(3)投票機の異常を原因とする多数の棄権者が発生した結果として、当落得票差数に影響する票数以上の棄権者が存在すれば、同選挙は無効となること』以上3点が原告の主たる主張であり、結果的には原告の主張をほぼ認める形で、選挙無効の判決[18]が下された。被告側の県選管は最高裁判所に上告をしたものの、最終的には棄却され、同選挙の結果を無効とする判決が確定[19]した。

電子投票を採用した事に起因する選挙トラブルは可児市の他にも海老名市長選挙・市議会議員選挙[20]においても発生した。海老名市においても、複数の投票機とサーバーを接続し、サーバーに情報を蓄積するクライアントサーバー式の電子投票システム[21]が採用されていた。しかしながら、投票当日に投票機とサーバー間に接続不良が発生し、サーバーが一時停止、サーバーに正確な投票情報が蓄積されなかった結果として、投票総数が投票者数を上回る状態に陥った。このことを理由として、選挙人(海老名市民)による市選管に対する異議申し出、神奈川県選挙管理委員会に対する審査申し立てが相次いでなされ[22]、最終的には東京高等裁判所に対して同選挙の無効を求める訴訟が県選管を被告として提起された。ただ、こちらに関しては、電磁記録投票法に定められる所定の要件に部分的に違反していたという事実認定こそなされたものの、訴訟そのものは棄却された。また、原告側が上告を行わなかった為、選挙の有効が確定した[23] [総務省 2018]。

また、宮城県白石市長選挙[24]でも重大なトラブルが発生した。白石市の選挙においては、各投票機で情報の記録を行うスタンドアローン式の電子投票システム[25]を採用していた。ただ、投票開始段階において、投票機内の記録媒体がリセットされず、いわゆる「ゼロ票」の状態を示さない結果、投票を開始できないといった事象が、影響は市内38投票所の内、31の投票所で発生した。その中でも20の投票所においては、1台の投票機も正常に動作しておらず、1時間程度投票ができない状態におかれた。この事象を理由として、選挙人(白石市民)によって、市選管に対する異議申し出、宮城県選挙管理委員会に対する審査申し立てなどがなされた。本件に関しては、県選管に棄却された後に法廷で争われる事はなかったものの、前の2点と同様[26]に、選挙の効力に関して、選挙人によって疑義が呈される結果となった。

諸条件の整備進展と叶わぬ第1段階電子投票の普及

特に、可児市および海老名市で発生したトラブルは「可児ショック」「海老名ショック」と評され、電子投票の導入を検討していた各自治体に相応の影響を与えた[27]。この事態に対応を余儀なくされ、2005年3月に可児市の選挙が無効との判断が名古屋高裁によって示された直後の2005年5月に、総務省が「電子投票導入の手引き」を作成、電子投票を採用した選挙執行事務のマニュアル化を進めた。また、2005年度からは、電子投票システムを採用する自治体に対して、その実施に際して財政的な支援を行うことを目的とした特別交付税措置の開始、あるいは同年11月に『電子投票システムの信頼性の確保』を目的とした有識者会議としての「電子投票システム調査検討会」設置など、総務省は積極的に電子投票システムの安定的な普及を推進する為に、その信頼性の担保を確立しようと試みた。また、翌年の2006年3月には、電子投票システム調査検討会が「電子投票システムの信頼性向上に向けた方策の基本的方向」を取りまとめた。同文書においては、(1) 既に実施された電子投票の状況整理  (2) 電子投票システムに関する現段階の技術的課題の摘示  (3) システムの信頼性向上に向けた方策の検討. (4)開票時に電気通信回線を用いて投票情報の伝送を行うこと[28]に関する検討が行われた。この文書に基づく形で、従前の電子投票システムの技術的条件が一部見直された他、技術的条件が基準に適合するか否かの確認(適合確認)に際して、民間の第三者機関が活用する制度が確立された [総務省選挙部 2006]。

しかしながら、同時期に総務省が実施した電子投票の導入に関する意向調査[29]では、全国の市町村のうち、約5割の市町村が「技術的な信頼性向上が課題」との意向を示した。この事からも明らかになる通り、可児市や海老名市におけるトラブルを目の当たりにした自治体にとって、信頼性が十分とは言えない電子投票システムを導入する事に二の足を踏む事は至極当然であった。また、電子投票に係る様々な機器の費用に関して、全国的に導入が停滞した事から需給バランスが崩れ、非常にコストの高いものとなってしまった。結果としては、2005年以降に、京都市上京区を除いた新規自治体に電子投票が採用される事はなく、全国の10市町村が限定的に導入するに留まった。


  • [1] これは、インターネットを用いた政治運動・選挙運動は間接民主主義制の根幹をなす「選挙」の在り方に関しては何ら影響を与えないものの、電子投票に関しては現行の選挙枠組みに一定の影響を及ぼすものである事が主な理由である
  • [2] 総務省は在外邦人を対象とする在外投票に関して、インターネットを活用した投票の実証実験を行うことを明らかにしている (日本経済新聞 2018)
  • [3] Electronic Voting System
  • [4] 同氏は週刊誌等で選挙予測などを行っていた他、選挙対策企業として「政治広報センター」を設立。その中で電子投票の導入を国内でいち早く主張していた人物である
  • [5] 湯淺(2004)によれば、この類型化は米国における議論、特に2000年大統領選挙に際して検討が進められたインターネット投票に関する各種報告書が採用していた論法であり、従ってその普遍性には若干の疑義を呈さざるを得ない ただ、国内における電子投票に関する議論は、この類型が用いられる傾向が強いことから、本稿において記述を行なった
  • [6] 地方選挙で先行して試行実施が盛り込まれた背景としては、将来的な国政選挙への導入を前提とした実証実験としての意味合いもあったと推測できるが、それだけではなく、岡山県新見市等の地方自治体が国に対して電子投票の導入を積極的に要望していたことも背景として挙げられる
  • [7] 電子投票普及推進協業組合(EVS)が開発したシステムであった
  • [8] 同選挙に関して、片山虎之助総務相(当時)も現地視察に赴き、将来的な国政選挙への導入に向けて前向きな見解を表明した
  • [9] 不在者投票等投票所に赴かずに投票を行う場合に関しては電子投票が導入されていない
  • [10] いずれの投票も、前述の第1段階相当の電子投票である
  • [11] 2016. 電子投票の実施状況.  アクセス日: 2019年1月10日. http://www.soumu.go.jp/senkyo/senkyo_s/news/touhyou/denjiteki/denjiteki03.html.
  • [12] 地域経済分析システムRESASを介して参照した、2000年度実施の国勢調査のデータに基づく
  • [13] 電子投票を採用して執行された選挙は計25回あり、その内5件は何らかの形のダブル選挙であったことから、図3における実施回数と、図における種別の合計数には差が存在する
  • [14] 2016. 電子投票の実施状況.  アクセス日: 2019年1月10日. http://www.soumu.go.jp/senkyo/senkyo_s/news/touhyou/denjiteki/denjiteki03.html.
  • [15] 2004年7月20日執行
  • [16] 可児市が(株)ムサシに発注し、富士通・富士通フロンテックと共同開発したシステムである
  • [17] 市選管が電子投票機の動作試験を怠った為に,電子投票システムが一時的に停止するなどの障害が発生したこと、危機管理体制が十分でなかった為に、多数の選挙人が棄権し,選挙結果に重大な影響を与えたこと、投票者数と投票数とに差があり、投票情報を保存するMO(光磁気ディスク) のすり替えや本来の選挙人でない者が投票したおそれも考えられること等が挙げられた
  • [18] 判決日2005年3月8日(名古屋高等裁判所)
  • [19] 確定日2005年7月8日(最高裁判所による上告棄却)、棄却を受けて2005年8月に再選挙を執行
  • [20] 2003年11月3日
  • [21] NTT東日本が開発したシステムである
  • [22] いずれも市選管および県選管によって棄却
  • [23] 市長選関連判決日2004年7月21日、市議選関連判決日2004年8月17日(東京高等裁判所)
  • [24] 2004年10月31日投開票
  • [25] 東芝ソリューションが開発したシステムである
  • [26] 市選管への異議申し出、県選管への審査申し立ては、公職選挙法第202条に基づき、当該選挙の効力に関して不服がある場合にのみ可能な行為である
  • [27] 導入を検討していた島根県松江市及び神奈川県綾瀬市は導入を白紙撤回した [佐々木俊尚 2004]
  • [28] 電磁記録投票法の規定では、各投票所から開票所間の投票情報の伝達は、必ず記録媒体を封印の上、容器を用いて輸送することが定められていた 無論、投票情報の安全性の確保ないしは「開票」という概念を維持する観点からはこの規定の適当性も考慮できるものの、開票の迅速性の担保という観点においては、大きな障害となり得た
  • [29] 本調査に関して、結果の一部は総務省の各種資料(2018年7月3日実施の投票環境の広報方策等に関する研究会における参考資料等)に掲載されているものの、調査そのものの結果は公開されていない。

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