インターネット選挙運動の沿革1:インターネットを利用した政治活動の始まり

コラム

・はじめに

2015年に公職選挙法が改正され、選挙権年齢が20歳から18歳へと引き下げられた。同時に、教育機関、特に高等学校においては「主権者教育」が開始された。これら公的機関の流れを反映した結果として、昨今は若者の側からも、インターネットを活用した政治参画の在り方を模索する動きが生まれ始めている。

あるいは、そういったインターネット空間でサービスを提供する多種多様な企業、特筆して言えばメガベンチャーと評される様な企業群からも、政治空間への参画を試みる動きが表出しつつあり、インターネットを一つの結節点として、様々な形態の政治参画が推進されつつある。

・近年のインターネットとそれを用いた政治活動・選挙運動の動向

―政府にIT利活用に関する向き合い方の沿革

日本におけるインターネットの普及は、21世紀の到来と共に訪れたと言っても良いのではないだろうか。1994年に「高度情報通信社会推進本部」が内閣に設置され、『高度情報通信社会の構築に向けた施策を総合的に推進する [高度情報通信社会推進本部の設置について 1994]』ことが国家的な目標に据えられた。また、2000年には森喜朗・内閣総理大臣(当時)が2000年に第150回国会で所謂「イット革命演説」を行い、その中で『超高速インターネットの整備を図り、インターネット・サービスの低廉化や利便性向上を促進(する)』『電子政府の早期実現、学校教育の情報化、通信・放送の融合化 [第百五十回国会における森内閣総理大臣所信表明演説 2000]』と言った今日のIT政策の基礎となる方向性が示された。その後、高度情報通信社会推進本部は、情報通信技術戦略本部、高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部(IT総合戦略本部)へと逐次改組され、IT利活用に関する総合調整・推進を図ってきた。基本的な方向性は、2000年12月に成立した「高度情報通信ネットワーク社会形成基本法;IT基本法」を基に、2001年1月にe-Japan戦略」が策定され、2003年7月はe-Japan戦略Ⅱに改定された。e-Japan戦略Ⅱ以降の政府のITに関する基本計画は、2006年1月に「IT新改革戦略」、2009年7月には「i-Japan戦略2015」、2010年5月の「新たな情報通信技術戦略」、2013年の「世界最先端IT国家創造宣言」へと改正発展を遂げながら、政府はインターネットの普及する社会への適応を進めた[1]。そして民間事業者の経営努力あるいは技術革新の成果としてインターネットの利用に係る様々な障害は徐々に軽減され、今日では世帯ベースで実に80.9%の国民が利用する基礎インフラとなった。 [総務省 2018]

近年では、インターネットを前提とした様々なICT:Information and Communication Technologyサービスが展開・活用される様になり、新しい市場の形成、生産性向上を目的とした組織改革施策、あるいは社会的包摂(インクルージョン)といった各種施策の実施に際しても、インターネットの存在は欠かすことが出来ないものへと発展を遂げた [総務省 2018]。

―日本におけるインターネットを用いた政治活動・選挙運動の沿革

遅れた政治参加へのインターネット活用:新党さきがけの回答願に始まりとして

一般的に「政治活動」と言うと、インターネット上で政治に関する発信を行うことから各種選挙で特定候補の当選を期した行為までを含む非常に広範な意味を持つ概念[2]である。他方、選挙において特定候補者の推薦や支持、その当選を図る為に行う選挙運動に関しては、非常に明確かつ厳格な定義と規制が公職選挙法によって課されている。政治活動そのものは選挙運動を含む包括的な概念である一方で、公職選挙法によって政治活動と選挙運動に対する規制の在り方が大きく異なる為、これまでにも様々な課題が生起してきた。無論、インターネットと政治活動・選挙運動の関係性においても、同様である。

インターネット空間上での政治的な動きはその普及と同時進行的に進んだと言って良いだろう。国内におけるインターネット黎明期から、様々な政治家や政党を含む政治団体がインターネット上でホームページの開設やブログによる発信などを開始した。冒頭に記述した通り、例えインターネット空間における活動であったとしても、選挙運動に類されることのない政治活動であれば、何ら問題は生起せず、規制を課せられることもない。しかしながら、インターネットを選挙運動に活用しようとした際には、何らかの規制が課せられることになる。ただ、当時の公職選挙法においては、インターネットという媒体の存在が一切考慮なされていなかった為に、様々な課題が生起することになった。特に、選挙期間中のインターネット空間における情報発信に関して、インターネット空間を想定しない公職選挙法上の規定を援用せざるを得ないという歪な状態に置かれていた。 [総務省 2018]

そのような状態を踏まえて、1996年に新党さきがけ[3]から自治省選挙部長宛に『インターネット上のホームページの開設と公職選挙法の関係』について回答願が提出された (藤末健三 2005)。しかしながら、当時の自治省の回答は、選挙運動としてウェブを閲覧させる行為は公職選挙法における「文書図画」の「掲示」に該当し、その掲示は無制限に行われることから、同法の142条・143条[4]に違反するという旨の内容であった。結果として、選挙期間中のウェブサイトの更新等の行為は、(その閲覧回数の無制限性などを要因として)候補者間の平等性の観点から公職選挙法に違反する行為とされた。同時期の1997年には超党派議連として「インターネット政治研究会」の設立、1998年・2001年の旧民主党による公職選挙法改正案の提出など、いわば“ネット選挙解禁”に向けた動きは散見されるものの、実体としては、停滞に陥った時期であった。


[1] 戦略の具現化に向けた政府の方針策定の在り方を明らかにしておきたい。e-Japan戦略に基づく形で、e-Japan重点計画(いずれも単年度計画)が4度決定され、IT新改革戦略に基づく形で3度の重点計画(いずれも単年度計画)が決定された。基本的には、大きな「戦略」の基に「計画」ないしは「工程表」が設計された。それらの方針・方向性を各省の施策に反映させることを目的として、IT戦略本部によって年次プログラムが毎年度策定された。戦略―計画―年次プログラムという構造で、政府はIT利活用を推進しようとした

[2] 政治活動に関して、第一法規「公職選挙法上の政治活動の意義」によると、『一般的には政治上の目的をもって行われる一切の活動、すなわち政治上の主義、施策を推進し、支持し、若しくはこれに反対し又は候補者を推薦し、支持し、若しくはこれに反対することを目的として行う直接間接の一切の行為をいう』とされている

[3] 発出元は渡海紀三朗・政策調査会長(当時)

[4] 142条は選挙運動として使用する文書図画のハガキ・チラシ等の規定、143条はポスター等の規定である


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