中国・ロシアにおけるネット規制に関する考察:「通信の秘密」と日本への示唆

コラム

中国やロシアにおいてインターネットを使用する際には、日本国内と決定的に異なる点が存在する。それは、国家によって、インターネット上のコンテンツが検閲され、広範なブロッキングが行われている点である。

米国の非営利団体Freedom Houseが公表している報告書”Freedom on the Net2018“(*1)によれば、「インターネットの自由度(Internet Freedom Score:スコアがより大きいほど、より不自由度が上がる)」に関して、中国は88/100(*2)、ロシアは67/100(*3)(日本は25/100)とのスコアがつけられている。このデータを踏まえれば、本邦におけるインターネットの自由度と比較すると、中露両国におけるそれは非常に低いものとなっていることが明らかであろう。

本コラムは、中国およびロシアにおけるネット規制の中でも特にブロッキングに焦点を当てながら、その現状に関して簡単に考察した上で、両国においてブロッキングを回避する具体的な方法に関して提案している。その上で、昨年生起した海賊版サイトのブロッキングを巡る議論を参考に、日本という自由主義社会におけるネットの在り方に関して、私見を述べるものである。

1.中国のネット規制の現状

中国におけるネット規制は、グレート・ファイアウォール(防火長城、Great Firewall)との名称で知られる、Facebook や Twitter などの SNS、GoogleやYahooをはじめとする検索エンジン、YouTubeをはじめとした動画サイトへのアクセスがブロッキングされている(*4)ことを代表例に挙げることが出来るだろう。

このブロッキングの対象となるコンテンツは、機械学習や画像認識技術によって自動的に追加される上に、各インターネットユーザーの過去の検索ワードなどから類推したブロッキングが行われていることが指摘されている。このグレート・ファイアウォールは、1993年から中国政府によって実施されている情報化・電子政府化に向けた国家戦略「金字工程」の一環として1998年から段階的に実施されたプロジェクト「金盾」の中核を占める大規模システムである。

無論、中国においても憲法上は中華人民共和国公民の「通信の自由」および「通信の秘密」は保障されている。しかしながら、同条後段部の文言に従って、前述のネット規制は合法的なものとして解されている。

第四十条 中华人民共和国公民的通信自由通信秘密受法律的保护。除因国家安全或者追查刑事犯罪的需要,由公安机关或者检察机关依照法律规定的程序对通信进行检查外,任何组织或者个人不得以任何理由侵犯公民的通信自由和通信秘密。

中华人民共和国宪法 (中华人民共和国中央人民政府)  http://www.gov.cn/gongbao/content/2004/content_62714.htm

2016年に可決、2017年6月に施行したインターネット安全法(網絡安全法)では、インターネット運営者(*5)に個人情報保護に関する厳格な規則を課す一方で、そのユーザーに実名登録が課されるなど、今日においてもユーザーに対する規制を強める傾向にある。また、2016年12月に国家網絡情報弁公室が公表した「国家サイバー空間セキュリティ戦略」においては、「サイバー空間主権の維持」が謳われている(*6)ことから、今後も中国のインターネット空間に対する規制の強化は続いていくものと想定される。

グレート・ファイアウォールによって、中国国内のインターネット空間は外部から高度に隔絶されると同時に、政府による監視(検閲等)を前提となっていることは周知の事実(*7)となっている。こうした背景をもとに中国においては、検索エンジンである百度 (Baidu) やSNSサービス・WeChatやWeiboに代表される中国独自のWebサービスが独占的に発展し、いわば『自国製サービスに基づいた高度なデジタル監視社会』が形成されている。

2.ロシアのブロッキングの現状

近年ロシアでは、通信が暗号化されているSNSとして知られるTelegramをはじめ、LinkedinやLINEをはじめとするSNSなどのブロッキングや、VPN使用に関する規制が進められている。一連のブロッキングについて、連邦通信・情報技術・マスコミ分野監督庁(The Federal Service for Supervision of Communications, Information Technology, and Mass Media: ROSKOMNADZOR)が実行している。

個人情報法の改正(2015)

ロシアにおけるブロッキングは、中国におけるそれと比較して、相応にその目的や法的根拠は明白である。現段階でのブロッキングの目的は個人情報保護、セキュリティ確保、情報統制を挙げる事ができる。2015年、個人情報保護法の改正によって、ロシア国民の個人情報の国内管理が義務付けられた。また、充分なレベルの保護が認められる国以外への移転が禁止された。この法改正に違反したとして、監督庁(ROSKOMNADZOR)はLinkedinへのアクセスを遮断した(*8)。

テロ対策強化法:ヤロヴァヤ法の制定(2016)

2016年7月に成立した、ヤロヴァヤ法(Yarovaya law)として知られるテロ対策強化法では、通信事業者及びインターネットで情報を拡散する組織に、利用者のテキスト・メッセージ、通話音声、画像、動画などを半年間保存する事を義務として課した(*9)。SNS事業者には、同法に基づいてインターネットで情報を拡散する組織としての事業者登録が求められたが、LINEなどはこれに応じなかった。結果として2017年5月以降、LINEをはじめとする複数のメッセンジャー・アプリへのアクセスが遮断された。(同法の施行は2018年7月。)

情報法の改正:ブロガー法、フェイクニュース法、RuNet法(2013, 2014, 2017, 2019)

また、近年は連邦法「情報、情報技術及び情報保護について」(情報法)に関する改正も累次的に行われている事にも注目したい。2013年の改正では「過激主義と闘う」ことを目的に、検察総長の要求を受けた監督庁(ROSKOMNADZOR)が、公衆を扇動するコンテンツを含むWebサイトへのアクセス遮断を実行できるようになった(*10)。2014年の改正、通称「ブロガー法」は、3000人/日以上のアクセスがあるWebサイトの管理者に、公的機関への登録と、投稿する情報の正確性・信頼性の検証、選挙法の遵守などの義務を課した(*11)。

2017年の情報法改正では、ロシア政府がブロックしたWebコンテンツへの接続を可能とするVPNサービスが禁止された(*12)。実際に、同改正を根拠に、2019年3月には監督庁(ROSKOMNADZOR)が大手VPNプロバイダに対して、”禁止サイト”のブロッキングを命令した(*13)。2019年3月の改正では、国家などに対する敬意を欠いた表現を含むコンテンツへのアクセス制限(*14)や、フェイクニュースを含むコンテンツへのアクセス制限(*15:この改正は”フェイクニュース法”として知られる)が法制化された。

加えて、2019年4月に議会で承認された情報法の改正は”RuNet法/インターネット主権法/ネット規制法“として知られる。この法案に於いて、ロシア国内の通信事業者やインターネット・サービス・プロバイダ(ISP)に幾つかの義務が課された。この法によって、監督庁(ROSKOMNADZOR)が「ロシアのインターネットの安定性や完全性、セキュリティに対するサイバー脅威がある」と判断した場合、監督庁(ROSKOMNADZOR)が通信ネットワークを国外と切り離した上で、集中管理する権限が付与された。また、同法は通信事業者に、サイバー攻撃に対抗する為のCounter-Threat Equipmentの通信設備への設置、ISPに監督庁(ROSKOMNADZOR)が管理するネットワーク接続点の経由などをを命じている。(*16)。また、同法は2019年11月1日に施行された(*17)。

考察

ロシアにおけるブロッキングを中心とするインターネット規制は、中国におけるそれと異なり、その制定過程が立法行為として可視化されている為、その実態の検討は幾分か容易である。その検討を通して明らかとなるものは、少なくとも通信の秘密・通信の自由に対する抑圧が非常に高い、不自由なインターネット空間の存在に他ならないだろう。

3.回避策

これまで、中国とロシアにおけるネット規制の現状に関する検討を行った。しかしながら、日中関係の改善に兆しが見られ(*18)る他、極東地域における日露経済協力(*19)が加速するなど、邦人が両国を訪問する機会も増加している事が想定される。ただ、訪問したとしても、私たちが日本国内で日常的に用いるWebサービスをそのまま中国・ロシア国内で利用することは基本的に難しい。特に中国においては、私たちが日常的に使用しているサービスの利用は、ほぼ絶望的な状態にある。

私たちが日常的に用いている端末であったとしても、それを中国・ロシア国内の回線に接続すれば、前述のブロッキングの影響をうける為である。ただ、後述の方法を用いれば、規制を回避して、様々なWebサービスにアクセスすることが可能となる。

具体的な回避策1:VPNツールの使用

VPN(Virtual Private Network)とは、物理的な専用線(プライベート・ネットワーク)を用いずとも、仮想的に専用線を設けることで、セキュリティを確保した通信を行うことが出来る技術を指す(*20)。

VPNにはインターネットVPN、エントリーVPN、IP-VPN、広域イーサネットといった、複数の種類が存在する。前述の4種のうち、インターネットVPNとは、通常のインターネット回線上に仮想専用線を設け、データのやり取りを行うものであり、他の種類のVPNは、閉ざされたネットワーク(閉域網)上でデータのやり取りを行うものである。また、VPNには主に、OpenVPN、PPTP、L2TP/IPSec、SSTPをはじめとする、異なる特徴を持った5種類のプロトコルが存在する。

中国における使用

しかし、中国国内でインターネットVPNを用いることは、徐々に困難になりつつある。2018年以降、PPTP、L2TPプロトコルへの遮断が常態化しつつあるとの情報もある(*21)。大手のインターネットVPNプロバイダーを除けば、日々の遮断に追いつくだけのIPアドレス・サーバーを確保することは困難であることから、最小限のコストでインターネットVPNを使用するハードルは高くなりつつあると言わざるを得ない(*22)。

実際に、筆者が中国国内(2019年10月10日〜12日 於:ハルビン、長春)で筑波大学VPNgate学術実験プロジェクト(*23)で公開されているVPNサーバーにL2TP/IPSecプロトコルを用いて接続を試みたところ、その接続が確立されることはなかった(mac OS)。また、App Store/Google Playで公開されているアプリケーション “OpenVPN Connect“と公開されている接続設定ファイル (.ovpn ファイル) を用いて、VPNサーバーへの接続を試みたが安定した接続(*24)は確保できなかった。

VPN Gate の概要

VPN Gate 学術実験プロジェクトは、日本に所在する筑波大学における学術的な研究を目的として実施されているオンラインサービスです。本研究は、グローバルな分散型公開 VPN 中継サーバーに関する知見を得ることを目的としています。

VPN Gate の概要 (https://www.vpngate.net/ja/about_overview.aspx)

ロシアにおける使用

法制度上は、ロシア国内でインターネットVPNを用いることへの規制は強まっている。特に、2017年の情報法改正に基づいて、2019年3月にVPNプロバイダにブロッキングを命じた際には、VPNプロバイダ大手のTorGuardはロシアからの撤退を決定した(*25)。

しかしながら、2000年代初頭から自由主義国と同様のインターネットインフラが既に確立されている(*26)こともあり、中国と比較すれば、管理当局のVPNサーバーのIPアドレスのブロッキングが追い付いていない。サービスさえ選べば、VPNを介してロシア国内でブロッキングされているWebサービスへのアクセスが可能である。

実際に、筆者がロシア国内(2019年10月12日〜15日 於:ウラジオストク、ユジノサハリンスク)で筑波大学VPNgate学術実験プロジェクトで公開されているVPNサーバーに、App Store/Google Playで公開されているアプリケーション “OpenVPN Connect“と公開されている接続設定ファイル (.ovpn ファイル) を用いて、VPNサーバーへの接続を試みた際には、安定しない場面も散見されたが、VPNサーバーへのアクセスを確立することが出来た。

OpenVPNの使用画面

※ロシア国内におけるVPNの利用に際しては、現地キャリアであるMegaFonの回線を利用した。

具体的な回避策2:海外キャリアによるローミング

前述のVPNを利用する為には、所定のセットアップを必要とする為、利用のハードルが若干高い。しかしながら、当該国外のキャリア(回線事業者)のローミングサービスを利用すれば、VPNの設定をすることなく、当該国のブロッキングを回避する事が出来る。

筆者が2019年10月10日〜12日にハルビン・長春を訪問した際には、本土の中国聯合通信(China Unicom)が香港で展開するMVNO、中国聯通香港の本土向けのSIMカードを利用することで、グレート・ファイアウォールによるブロッキングを回避した。一国二制度の下、香港の回線事業者を介した通信は、中国政府のグレート・ファイアウォールによるブロッキングの対象とならない(*27)ことを活かしたサービスである。

China Unicom HKのSIMカード

この方法を応用すれば、中国国内でも、ロシア国内でも、日本国内のキャリアが提供するローミングサービスを活用することで、そのブロッキングを回避する事ができる。

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