気品ある「保守」と論理的な「革新」、「オルタナティブ」はどうしようか。

コラム

保守:旧来の風習・伝統・考え方などを重んじて守っていこうとすること。また、その立場。(デジタル大辞泉)

革新:旧来の制度・組織・方法・習慣などを改めて新しくすること。特に、政治では、現状を改革しようとする立場。(デジタル大辞泉)

オルタナティブ:既存のものに取ってかわる新しいもの(三省堂大辞林)

日本国内外を問わず、従来のイデオロギー対立軸である「保守-革新」という二項対立構造で様々な政治グループを分類しようとする試みに限界が訪れている、という説が、様々な人々によって示される様になった。

世界に広がるオルタナティブな政治的グループ

例えば、フランスの「イエローベスト運動」、台湾の「ひまわり運動」、ないしは「トランプ氏の大統領当選」にせよ、従来の保守・革新という軸のみならず、エスタブリッシュメント-アンチ・エスタブリッシュメントという軸、あるいはグローバリズムと一国主義(unilateralism)という軸を用いることで、これらのグループの分類が容易になるとの言説も盛んである。

この図に即して言えば、従来は保守(薄青)・革新(薄赤)という軸にある程度収斂されていた政治的グループ(例:自由民主党と社会党)が、現在ではその領域全てをカバーすることが不可能となり、様々なグループの出現が見られる様になっているのが現代という空間ではないだろうか。

例えば、上図・右側に関して考えれば、グローバリズム寄りの左右連帯として、マクロン大統領を首班とするフランス・共和国前進(La République En Marche!)が挙げられるし、一国主義寄りの左右連帯としては英国のEU離脱派の存在を忘れることはできないだろう。また、従来の右派・左派に当てはまらないグループとして「極右」ないしは「極左」の存在も近年では広く認識される様になりつつある。こうした「新しい政治的グループ」は、現状の社会情勢を(様々な形から)否定的に捉え、何らかの強力なリーダーシップに基づく『変革』を希求している層からの広範な支持を集めることで、その存立基盤を確保していると考えられる。

複雑なコンセンサス・メイキングの産物である「政治」という事象が、その「歯切れの悪さ」や「どっちつかず」と言った曖昧な態度に終始することは少なくない。先述の「新しい政治グループ」はそうした態度が連続する中における「カタルシス」として存在しているのではないだろうか。

安倍政権の政策から見る「日本におけるオルタナティブ」の形

少なくとも、日本においては大きな文脈における政治グループの再編こそ表面化はしていないものの、そうした社会的要請は決してゼロではない。国内においては”保守的”とされる自民党を中心とする自公連立政権とは言え、安倍晋三・自由民主党総裁が率いる現政権は、安保法制をはじめ、特定秘密保護法等、(少なくとも55年体制下では考えられない程度の)ラディカルかつ(政治的なスタンスとして)保守的な法整備、国家戦略特別区域法に基づく「国家戦略特区の設置」を始めとする規制緩和、あるいは国際社会という文脈における『自由主義の擁護』の推進、これら3つの軸を並立させるという、従来の右派・左派という枠組みでは色分け出来ない政策展開を進めている。

一方で、自民党が(無論、公認権などによる議論硬直化等の問題は指摘こそされてはいるが)完全に安倍政権のスタンスと一致しているとは言い難い。重要政策に関して考えても、特に環太平洋経済連携協定(TPP)や日欧EPAを始めとする貿易圏構築など際して、その差異が際立つ場面があったことは記憶に新しい。

現在の安倍政権が近年稀に見る長期政権を維持出来ている理由に関しては、様々な論壇から解説が試みられている為、詳細について本稿で論ずることはない。ただ、結果的に現政権の政策展開に対する一定の支持が集められ続けていることを考慮すれば、安倍政権の志向する方向性は日本におけるオルタナティブな政治的グループの構想に際しては、十分な考慮に値するものではないだろうか。

オルタナティブな解とは

安倍政権の政策的展開の特徴を検討する際に、キーワードとなるであろう言葉を列挙したい。前提としての「保守派への配慮:パトリオティズム」、その上で第1に「改革」、第2に「グローバル・スタンダード」、第3に「政治的リーダーシップの発揮」である。

前提:保守派への配慮

安倍政権の首班たる安倍晋三・自民党総裁は、自民党の中でもナショナリストとも言うべき主張を従来から行ってきた。憲法改正に対する姿勢にせよ、あるいは歴史認識にせよ、少なくとも総理大臣就任以前、もしくは第一次政権期はナショナリスト的姿勢を明らかにしていた上に、主たる支持層もそうした姿勢に対する好感を持っていたと言って良いだろう。

これは一般論としてではあるが、日本の行政権の長たる内閣総理大臣に就任して以降も、そうした姿勢を維持することには限界がある。安倍総理もその例に漏れず、ナショナリスト的な姿勢を抑えていると言って良いだろう。その象徴的事象として見做され易い靖国神社への参拝は、2013年12月に一度参拝を行って以降は、事ある度の真榊奉納に留めている。終戦70周年の節目となった2015年には、「戦後史観」との槍玉に上がり易い村山談話の姿勢を基本的に踏襲した”安倍談話”を発表した。

しかしながら、保守派への配慮を事欠くことはない。例えば、国内最大級の保守系団体である日本会議が主催する会合等には、度々ビデオメッセージ等を寄せていることを代表例に、第一次政権の頃からの「コア」な支持層に対する一定の配慮を打ち出し続けている。ナショナリスト的な姿勢をひそめながらも、パトリオット的なメッセージを発信し続けることで、旧来からの支持者を手放すことはせず、それでいて後述のスタンスを以て「新たな支持層」の獲得を進めたからこそ、現在の安定があると言ってよいだろう。

第1:改革

第1に関しては言わずもがな、安倍政権の経済政策の目玉たる「三本の矢」の中でも、民間投資を喚起する事を目的とする規制緩和を「一丁目一番地」として掲げてきた。加計学園問題に起因して、国家戦略特区に関しては若干の退潮傾向が見られたものの、今通常国会における『国家戦略特区設置法改正案』の提出に向けた一連の動きが話題になるなど、依然として規制緩和に向けた動きを見せている。

第2:グローバル・スタンダード

第2に挙げた「グローバル・スタンダード」とは、環太平洋経済連携協定(TPP)や日欧EPAの様な経済的枠組み然り、あるいは平和安全法制や特定秘密保護法、あるいは改正組織犯罪処罰法といったラディカルな法整備を指したものである。

前者に関しては、特に米国が保護主義的傾向を強める中において安倍政権が自由主義的な政策展開を続け、戦後世界秩序の”スタンダード”維持に腐心していることから想像に難くないだろう。後者は、例えば平和安全法制によって、歴代内閣法制局が「保有すれども行使せず」としてきた集団的自衛権を部分的に解禁し、他国との共同活動を安全保障政策の前提とする”グローバルスタンダード”を実現、あるいは改正組織犯罪処罰法による国際組織犯罪防止条約(TOC条約)締結で、他国との犯罪捜査情報の共有等の”スタンダード”実現などを指すものである。

第3:政治的リーダーシップの発揮 

安倍政権は、政策決定に係る政治主導がより一層鮮明になった。2014年に発足した内閣人事局によって、中央官庁・官僚機構に対する優位性を確立した他、国家安全保障会議(日本版NSC)や種々の諮問会議を官邸内に設置したことによって、官邸>官僚機構という構図がますます鮮明になっている。

無論、様々な課題に直面し、或いは日々新たな課題が生起する現代において、選挙という民主的プロセスを経た政治家集団である内閣が、そのリーダーシップを発揮することは非常に有効であると言えよう。55年体制下の自民党政権:換言すれば「派閥競争」と「国対政治」の産物として生み出された『決まらない政治』を脱却することを目的に、’90年代から進められてきた、リクルート事件以降の政治改革、橋本行革を筆頭とする行政改革、或いは1996年の小選挙区制導入といった選挙改革の「成果」を存分に活用しているのが、現政権であると言って良いのではないだろうか。

ここまで述べてきたように、安倍政権、特に第二次以降の安倍政権は、一般的に『自民党政権』或いは『安倍晋三総理大臣』という言葉から想起される様な”保守政権”ではなく、保守派への一定の配慮を欠かせない『自由主義的な”強い”政権』であると言っても過言ではないだろう。

求められるオルタナティブ

前述の通り、安倍政権は従来の保守政権像とは大きく異なる政策展開を推し進めている。そして、その展開は国民から一定の支持を集め続けているのである。他方、安倍政権の「安定さ」と引き換えに、国政野党は依然として安倍政権に対する有効な対抗馬となり得ていない。

この現状の背景には様々な理由が考えられるが、安倍政権が従来の保守・革新の枠に囚われない幅広い政策を手がけているからこそ、対立軸が明確になり難いということは有効な指摘の一つであろう。或いは、国会の制度や慣習等、外部的な要素に起因して、野党が『(オールド・ニューを問わずに)メディア受け』する対応に終始せざるを得ず、結果として支持を得ることが出来ないという構造的な問題も潜んでいると考えられる。

筆者(栗本)自身は、安倍政権の政権運営には必ずしも否定的な立場を取らない。ただ、それは一強多弱の現状を追認することではない。前述の通り、安倍政権が政治的リーダーシップを発揮することそのものは非常に理に叶っている。しかしながら、そのリーダーシップというものは、有期かつ定期的なチェックを欠かすことの出来ないものである。リーダーシップを確実に「有期」かつ「安定的なチェックを欠かさない」ものとする為には、自民党以外にも政権を担当し得る政党の存在が必要不可欠であろう。

そもそも、例示した政治改革にせよ、或いは小選挙区制にせよ、本来は自民党に代わり得る政党の出現を前提としたものであった。

与野党の勢力も永年固定化し、政権交代の可能性を見いだしにくくしている。こうした政治における緊張感の喪失は、党内においては派閥の公然化と派閥資金の肥大化をさそい、議会においては政策論議の不在と運営の硬直化をまねくなど、国民の視点でなされるべき政党政治をほんらいの姿から遠ざけている

政治改革大綱(平成元年5月)

然るに、現在の様々な制度の前提として、自民党と予期されていた第2の政権担当政党の存在は欠かせず、言い方を変えれば第二の政権担当政党が現れない限り、『未完』であり続けるのである。

オルタナティブの姿:一つの示唆として

どのような政党であれば、今の安倍政権の様な政策展開と競り合うことができる政党となるのであろうか。一見矛盾している様に見えるかもしれないが、筆者は基本的に、先述の『第1に「改革」、第2に「グローバル・スタンダード」、第3に「政治的リーダーシップの発揮」』という3つの要素を欠かすことは出来ないのではないか、と考えている。

少なくとも、様々な転換が連続的に起きている現代において、現状維持を訴えることは現実的ではない。また、日本の国際的な立ち位置を鑑みるに、保護主義的な政策に走るよりは、グローバル・スタンダードを希求し続けることで、国際社会において一定のポジションを維持していくことがより国益に適うだろう。そして、’90年代から続く一連の改革の成果を利用する形で『決められる政治』を実現すべく、政治的リーダーシップを発揮することも欠かせないだろう。

では、どういった領域で自民党の政策と差別化を図るべきか。それは内政に関わる問題、特に全社会的なコンセンサスを得にくい「社会保障」や「財政改革」、「規制」「地方分権・主権」といったテーマであろう。社会保障にせよ、財政改革にせよ、一定の論理性があろうとも、支持団体などとの関係から、自民党が打ち出すことが出来ない政策は数多存在する。そうした領域において、現状の革新勢力が主張している様な『ユートピア的政策観』を脱し、リアリズムに拠った政策を打ち出して自民党の政策と差別化を図っていけば、自民党に対抗し得る、保守でも革新でもない「オルタナティブな政治グループ」を実現できるのではないだろうか。

このオルタナティブな政治グループと自民党の間で、定期的に政権交代を行っていけば、様々な政策的領域において必要とされる改革は何かしら前に進んでいき、何より”リーダーシップ”の有期性と安定的なチェックが担保されることになる。政治を前に進めていく為にも、オルタナティブな政治グループは欠かせないのである。

オルタナティブな政治グループの象徴は?

最後に、オルタナティブな政治グループの象徴となる「ワード」は何か考えたい。本来保守主義とは、人間の理性を過大評価せずに、伝統・習慣・制度・社会組織・考え方などを尊重するという、気品のある価値観である。他方、革新主義とは、従来の組織・慣習などを変えて新しい方向に進もうとする立場・考え方であり、論理を重視する価値観である。これまでは、この2つが相克しながら、政治を前へと進めてきた。

では、筆者が主張する「オルタナティブな政治グループ」はどの様な言葉で表現可能であろうか。ここで私は『知性』を提唱したい。世の中のあらゆる事象は複雑化し、様々な課題が表面化している。単なる”理詰め”は”気高さ”では到底対応が出来ないのではないだろう。そうであるからこそ、『知性』という、論理性と気品さを兼ね備えた、言い換えれば「知」という人類文明の結晶と、「性」という人類が本来から持つ能力を組み合わせながら、たくましく前へと進もうとする姿勢が重要ではなかろうか。

果たして『知性』あるオルタナティブは日本政治の舞台に登場するのか。その時の黒子は果たしてどなたになるのだろうか。困難な船の舵取りを担う「国士」が登場することを願ってやまない。

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