中国・ロシアにおけるネット規制に関する考察:「通信の秘密」と日本への示唆

コラム

4.日本のインターネット自由度:エストニアとの比較

これら2カ国の他にも、多くの国が、インターネット上の検閲やブロッキングを積極的に行っている。それらの目的としては、例えば情報統制による社会治安の維持であったり、反体制的勢力の伸長の抑止などが想定される。いずれの目的を達成しようとする際には、何らかの検閲を必要とすることから、自由主義諸国においては当然に保障される権利である「表現・言論の自由」や「通信の秘密」を明白に侵害し、ひいては「個人の内心」に対して干渉するものとして捉えざるを得ない。

本邦のインターネット自由度に関する考察

本邦のインターネット空間は中露両国と比較して、あるいは全世界的にも、非常に高い自由度が確保されていることは言うまでもない。ただ、本稿の冒頭で言及した、Freedom Houseが公表している報告書”Freedom on the Net2018“(*28)の「インターネットの自由度(Internet Freedom Score)」における、日本の25/100というスコアに注目したい。

以下の表は、Freedom Houseによってインターネット規制の状態が完全に自由(the basis for an internet freedom status designation of FREE)と認定されている国々のスコアの一覧である(*29)。尚、このスコアは、アクセスに際しての障害(Obstacles to Access), コンテンツに関する規制(Limits on Content), ユーザーの権利に対する侵害(Violations of User Rights)の3点を定量的に評価し、それらを合算して算出されるものである(*30)。

国名スコア
エストニア, アイスランド6
カナダ15
ドイツ19
オーストラリア21
アメリカ合衆国22
イギリス23
日本, 南アフリカ, ジョージア, フランス, イタリア25
アルメニア27
アルゼンチン28
ハンガリー29

そこで、最もスコアが低いエストニア・アイスランドと日本の間のスコアの違いは果たして何に起因するものなのか、考察を加えていきたい。本稿では、エストニアと日本の比較を行うものとする。以下の表は、日本とエストニアの「インターネットの自由度(Internet Freedom Score)」について、その項目別に比較を行うものである(*31)。尚、報告書の中で一定の記述が割かれているものを筆者の主観に基づいてトピックを抽出しており、その訳出も筆者が行った。従って、その正確性は担保し得ないことはご了承いただきたい。

アクセスの障害コンテンツ規制ユーザー権利の侵害総合スコア
日本481325
エストニア0336

アクセスの障害 : Obstacles to Access

Freedom Houseの報告書”Freedom on the Net2018“の中で、日本のインターネット空間が抱えるアクセス制限に関して、特に次の点を指摘している(*32)。

  • 日本においては、省庁(総務省)が通信・放送に関する規制を行っている。
  • 日本の自主規制団体である「放送倫理・番組向上機構(BPO)」から、2015年11月に提出された、「NHKの報道番組『クローズアップ現代』においていわゆるやらせが行われたと指摘された問題についての意見書」における、総務省・政権(与党)の”圧力”批判を特記している。

これらの点に関連して、エストニアでは次の事実が指摘されており、この差異がスコアの違いを生んでいるものと推察する事ができる(*33)。

  • エストニアにおいては、the Technical Regulatory Authority (TRA) 及び the Competition Authorityが独立して規制を担当している。

通信・放送に関する規制に関して、日本は行政権を担う省庁が直接的にその規制を所管している一方で、エストニアにおいては、前述のTRA及びthe Competition Authorityが行政権から独立して、規制を所管している。時の政権によって左右されない客観的な規制を担保するという観点からは、エストニアにおける独立性に優位性を認める事ができるだろう。

コンテンツの規制 : Limits on Content

Freedom Houseの報告書”Freedom on the Net2018“の中で、日本のインターネット空間が抱えるコンテンツの規制に関して、次の点などが指摘されている(*34)。

  • 2018年4月に生起した、いわゆる海賊版サイト(著作権侵害サイト)に関して、政府が主要通信会社(NTT、KDDI、ソフトバンク)に対して、それらのブロッキングを要請した事態
  • 児童ポルノコンテンツのブロッキング、児童向けフィルタリングサービス、ソーシャルゲームにおけるアイテム購入上限の自主設定
  • 検索エンジンの検索結果といわゆる「忘れられる権利」の関係性に関する2017年の最高裁判決において、最高裁は既存のプライバシー権を援用し、検索結果を表現の1つと捉えた上で、プライバシー権と表現の自由の関係性のなかで、検索エンジンからの情報削除が判断されるべきとの考えが示されたこと
  • リベンジポルノに関する法律
  • ヘイトスピーチ対策法、ヘイトスピーチに関連する自治体条例、ヘイトスピーチを含むオンライン上のコンテンツ削除に関して、法務省の削除要請に従ってコンテンツ削除がなされた実例(2016年)
  • 東日本大震災直後の東京電力によるデータ開示の延期、「メルトダウン」の使用を避けるようとの要請があったとする報道記事
  • 記者クラブ制度とデジタルメディアの関係性
  • オンライン上での社会課題に関する草の根運動

Freedom Houseの報告書”Freedom on the Net2018“の中で、エストニアのインターネット空間が抱えるコンテンツの規制に関して、次の点などが指摘されている(*35)。

  • ギャンブル法に基づいた、違法なオンラインギャンブルサイトのブロッキング。ブロックされたサイトのリストは一般向けに公開。
  • オンラインコミュニティにおける中傷的なコメントの削除に関するエストニア最高裁の判断(特定のサイトは書き込まれたコメントに関する責任を負う。その上で、司法機関からの削除要請に従って中傷的なコメントを削除しても、コメント記入者の表現の自由の侵害には当たらない)の欧州人権裁判所(ECHR)による追認
  • エストニア当局が、ロシアによるエストニア世論の操作を目的とした情報キャンペーンの存在を認識した上で、ロシアから発信されたコンテンツに特段の制限を課さないこと
  • 電子政府(e-Government)の幅広い利用

日本とエストニアで生起した事例は直接的に比較できるものではない。しかしながら、日本に関する指摘の中で、記者クラブ制度や、東日本大震災直後の政府によるメディア対応に関する指摘があった点は興味深い。

日本が有する様々なコンテンツの不正利用を排除し、正当な利用を促進することの重要性は言うまでもないが、ブロッキングという手段が、立法を経ることなく実施されようとしたことには、一抹の不安が残る。いずれにせよ、エストニアと比較したい際に、より大きな経済・市場規模を持つ日本において、より多くの事象が生起する、つまりスコアに影響を与えるトリガーが増えることは、至極当然であろう。

ユーザー権利の侵害:Violations of User Rights

Freedom Houseの報告書”Freedom on the Net2018“の中で、日本のインターネット空間におけるユーザー権利の侵害に関連して、次の点などが指摘されている(*36)。

  • 特定機密保護法の制定(2013)、特定秘密の指定の在り方、監察機構(※独立公文書管理監、情報保全監察室)の独立性、公益通報者制度との関係性
  • 著作権法の改正(2012)、海賊版のダウンロードに対する刑事罰化の是非(その量刑、あるいは民法で規制すべきとの論調)
  • 公職選挙法の改正(2013)、インターネットを用いた選挙運動の解禁と残置されたメール規制 (※詳細は拙稿「インターネット選挙運動の沿革1~5」参照のこと)
  • 刑法175条(わいせつ物頒布等の罪)における「わいせつ」が定義されていないことによる、恣意的な摘発の可能性
  • 組織的犯罪処罰法の改正による「テロ等準備罪」の創設:同罪の構成要件を判断する際に相応のレベルの事前監視が必要となる点
  • マイナンバー制度の導入に伴う個人情報保護と流出時のプライバシー権侵害のリスク
  • マイノリティコミュニティに対するオンライン上の過激なメッセージ
  • サイバー攻撃、DDoS/コンピュータウイルスのメール添付を用いた市民社会や民間企業、政府を対象とした攻撃の存在

Freedom Houseの報告書”Freedom on the Net2018“の中で、エストニアのインターネット空間におけるユーザー権利の侵害に関連して、次の点などが指摘されている(*37)。

  • 国籍、人種、肌の色、性別、使用言語、出生地、宗教、性的指向、政治的見解、財政/社会的地位に基づいた憎悪・暴力・差別を扇動する発言に対する刑法上の規定(*38)
  • 名誉毀損の非犯罪化、名誉毀損は民事裁判として訴訟
  • インターネット管轄権のEU法における明確化を求めるエストニア最高裁から欧州連合司法裁判所への要請
  • エストニア独自の個人データ保護法(the Personal Data Protection Act) の施行(2008)と監督機関としてのData Protection Inspectorate (DPI:データ保護監視機構*仮訳)の設置、EU General Data Protection Regulation (GDPR:一般データ保護規則) への対応(2018)
  • 電子通信法における事業者に課せられた多くのデータ保持の義務、欧州連合司法裁判所による疑念
  • エストニア議会の治安当局監視委員会 (Security Authorities Surveillance Select Committee) による治安機関に対する監視
  • エストニアの企業・コミュニティのICTセキュリティに対する高い関心、官民協力に基づいたサイバーセキュリティ、新サイバーセキュリティ法の制定(2018)
  • サイバーセキュリティを目的とした「データ大使館」の設置(2018〜)
  • 電子政府インフラの基盤をなすIDカードに関する大規模なトラブル(2017)
  • NATO・サイバーセキュリティーセンター(CCDCOE)のエストニア・タリンへの誘致(2008)

両者を比較すると、日本国内は三次元世界(現実世界)の延長として各法制が整備され (結果として、インターネットユーザーの権利に抵触する可能性が生起し)ている一方、エストニアではサイバー空間のセキュリティを維持する法制度の整備が急速に展開し( 直接的にはユーザー権利への抵触可能性を孕むものではない )ている印象がある。これは、エストニアが電子政府施策に注力し、尚且つロシアに対峙する最前線である故の帰結であろう。

無論、本項のテーマである「ユーザー権利の侵害:Violations of User Rights」という観点からは、スコアを増大させるトリガーは日本がより多く抱えていることは理解しうる。ただ、両国を直接的に比較することには限界があるのではないか。

5.終わりに

本稿では、中国とロシアにおけるインターネット規制に関して概観した上で、米・非営利組織Freedom Houseの報告書におけるネット自由度が最も高い国エストニア、そして日本の両国を比較する形で、日本のインターネットに関する課題を抽出してきた。

ここまでの検討を踏まえると、制度が性善的/抑制的に運用されているからこそ、日本国内におけるインターネットの自由は十分に確保されている側面を確認することができる。この自由度を維持発展させることは、今後の議論の前提であろう。

一方、立法機関を経ることなくブロッキングの実施が要請された経緯、あるいは2019年初頭の著作権改正に向けた文化庁の動きなど、インターネットユーザーの自由を脅かし得る施策が (政策形成過程での一般的な) オプションとして存在することに懸念を覚えざるを得ない。著作権者や著作者の権利を保護することもは重要であることは言うまでもない。ただ、それと同時に「自由」も同様に重要なものではないだろうか。国民の不断の努力によって、インターネットにおける自由、換言すれば、表現の自由や通信の自由、あるいは通信の秘密を堅持していく必要性に、改めて痛感した次第である。

※引用・参考文献リストを次ページに記載


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